月夜 「ったく・・・ちっとも雨降らねーな・・・こう毎日暑くっちゃやってらんねーぜ。」 すっかり気温も上がり、寝苦しい季節が始まった。 唯一の救いは窓から入る風だけ。それでも、なかなか寝つけない乱馬であった。 ある夜。 乱馬はさすがに堪えきれなくなり、こっそりと布団から抜け出した。 屋根の上は涼しく、非常に心地が良かった。 「今度から雨が降って無けりゃここで寝ようかな・・・中は暑くてたまらねえ。」 都会なので星はほとんど見えなかったが、月は美しく輝いていた。 「綺麗な月だな・・・こういう夜もいいよな・・・」 乱馬は、心地よい夜風を浴びながら空を眺めていた。 それからどれくらいの時間が経ったであろうか。 乱馬はすっかり眠っていたが、その時、近くで乱馬に近付く影があった。 影は気配を隠し、一歩ずつ乱馬に近付いていた。 乱馬は一向に目を覚まさない。そして、影は、乱馬の目の前で立ち止まった。 影はゆっくりと腰を下ろし、乱馬の頭を持ち上げ、自らの膝の上に乗せた。 「乱馬・・・こんなところで寝たら風邪引いちゃうわよ。」 雲に隠れていた月の光がゆっくりと影を照らした。 影から現れたのはあかねであった。 あかねは乱馬の寝顔を見て微笑んでいた。 「不用心ね・・・誰かに狙われたらどうするのよ、全く・・・」 あかねは優しく、乱馬を見守っていた。 「ばーか・・・俺がしっかりと・・・守ってやるって言ってんだろーが・・・」 急に呟いた乱馬の寝言だった。 「誰を守るっていうのよ、もう・・・」 「・・・・・・あかねに決まって・・・れの許嫁だしよ・・・」 あかねの言葉に答えるかのように、乱馬は曖昧な寝言を言っていた。 「・・・許嫁じゃなかったら守ってくれないの?」 あかねはつい真剣に聞いてしまった。答えるかどうかもわからないと言うのに。 「・・・とにかく、好きなやつくらい守るのは・・・ってもん・・・」 乱馬はかなり微妙な答えを返して来た。 あかねはしばらく考え込み、乱馬にこう聞いた。 「ねえ、誰が好きなの?」 「・・・・・・あかね・・・」 「そう・・・」 あかねは、乱馬の返事に少し安心していた。 「・・・みてーな女は好きにゃなれねーな・・・」 あかねはその言葉にかちんと来て、乱馬の頭を持ち上げた。 「・・・けどよ、どうしても忘れられねーんだ。これって、好きって事なのか・・・・・・」 あかねは思わず、手を離してしまった。 どさっと乱馬の頭が再びあかねの膝の上に収まった。 さすがに、その衝撃で乱馬は目を覚ましたようだ。 「・・・!?あかね?なんでこんな所にいるんだ?」 「・・・いちゃ悪い?」 「あ、いや・・・そんな事はないけど、よ・・・」 二人に沈黙が生まれ、少しの間それは続いていた。 「月が、綺麗だよな。」 「そうね・・・」 月はただ、穏やかに輝いていた。 「・・・何しに来たんだ?」 「・・・冷えて風邪ひきそうなバカに忠告しにやって来たのよ。」 「・・・膝枕するのが、忠告なのか?」 「そ・・・そうじゃないわよ!ただ・・・」 「ただ・・・なんだ?」 「ちょっと・・・いつ気付くか見たかっただけよ。」 「ふうん・・・」 また、二人は静かになった。 「んじゃ、充分涼んだし、部屋に戻るとすっか。」 「・・・大人しく寝るのよ。」 「ところでよ・・・一言言ってもいいか?」 「なに?」 「また明日もこうしてくれねーか?」 それを言うと、乱馬は跳び上がった。 「んじゃ、おやすみ、あかね。・・・落っこちるんじゃねーぞ。」 乱馬は軽々と自分の部屋の窓に跳び移ったようだ。 「また明日も、か・・・」 あかねは、月を見ながら呟いた。 月は、ただ静かに夜空を照らしていたのであった。 終わり。