気紛れ天使に出た木の芽 ・・・あの不吉な騒動は、まだ終わった訳ではなかった。 二ヶ月前に起きた、乱馬の頭に生えた恋の木騒動・・・ その悲劇が、今また繰り返されようとしていた。 それは、夏休みの時の事だった。 あかねが朝目覚めると、頭に違和感を覚えていた。 「・・・?何かついちゃったのかな・・・」 寝ぼけ眼に鏡を見ると、あかねは凍り付いた。 「これって・・・乱馬が付けてた、あの木・・・?」 あかねはどうすればいいのか、考えていた。 「確か、恋する心がなければ木は逆に成長するんだから・・・あれ?」 あかねはいくら努力しても、ある程度の大きさ以下にはならない事を知った。 あかねは着替え終わった後でも、ずっと鏡の前で木の芽とにらめっこしていた。 「どうやったらわからない位に小さくなるのかな・・・?」 あかねはちょこんと頭の上で揺れている木の芽に少し苛立っていた。 「・・・誰!?」 あかねは窓に気配を感じ、とっさに近くにあったブラシを投げ付けた。 窓は壊れ、叫び声が聞こえた。 「あのな、いきなり物投げ付けんなよな。」 ガラスの破片で切れたのか、あちこちから血を流した乱馬が窓から入って来た。 「勝手に女の部屋覗いている方がおかしいのよ!」 「・・・で、そいつをどうするんだ?」 乱馬が木の芽を指差すと、あかねは手でそれを隠した。 「・・・いつから見てたのよ。」 「そうだな・・・あかねが起きる五分前・・・ぐぇっ。」 「このど変態が〜!!」 乱馬は文字通りぼろ雑巾にされた。 「んで、そいつをどうするんだよ。」 「・・・どうすればいいの?」 「いや・・・逆に聞かれてもよ・・・」 二人とも座って考えていた。 二人の視線は木の芽に注がれていたが、気が付くと目が合ってしまった。 と、木が途端に成長を始めた。 「あれ・・・?俺の時と葉の形が違うみてーだな。」 「感心してないで、なんとかしてよ!」 「なんとかするって言ってもよ・・・ちょっと待ってろよ。」 乱馬は部屋を飛び出すと、十秒くらいして戻って来た。 「この写真を見てみろよ。」 乱馬はあかねに写真を見せると、木は一気に小さくなった。 あかね自身も小さく身をかがめ・・・何やら気分悪そうにしていた。 「俺はいい加減見慣れたけど・・・まだあかねにはきついか。」 その写真は、乱馬が苦しんでいた時になびきから買った"対処策"としての写真だった。 「大丈夫か?あかね・・・」 乱馬はあかねの背中を軽く擦っていた。 心無しか木が成長したようにも見えたが、同時に拳が視界一杯に広がった。 「気安く触らないでよ!」 あかねは帽子をかぶると、部屋から出た。 「お、俺が悪い事でもしたって言うのかよ・・・」 倒れながら乱馬は呟いた。 あかねは朝食を済ませると、すぐに部屋に閉じこもった。 その様子を見て、早雲は乱馬をじっと睨んだ。 「乱馬君・・・あかねに何をしたんだい?」 「なんか朝からあかねの部屋が賑やかだったわよ。」 早雲の言葉に、なびきのさり気ない一言が上乗せされた。 「乱馬く〜ん・・・嫁入り前の娘に、何をしたんだ〜い?」 「お、俺は何もしてねぇっ!」 「何もしてないのにあかねがあんな行動を取ると思うのか?ええい、責任逃れをしようとは片腹痛い!責任はとってもらおうか?」 「せ、責任って・・・何をしろと?」 「決まっているだろう。今すぐ祝言をあげるのだ!」 「だから、なんで俺があかねと祝言を・・・」 「いいじゃないの。どうせいつかするんだったら、早いか遅いかの違いでしかないわよ、乱馬君。」 「なびき!そういう問題じゃねーだろ!」 「まぁ、おめでとう、乱馬君。あかねを幸せにしてやってね。」 「・・・だから、俺は何もやってねえってば・・・」 乱馬はいきなり早雲と玄馬に縛られてしまった。 「乱馬よ、あかねが準備できるまで、ここでじっとしておるのだぞ。」 「親父・・・てめぇ、そこまでするか・・・」 「さぁ、今のうちにあかね君の説得を。」 「うむ。」 乱馬は玄馬に見張られ、早雲達はあかねのいる部屋に向かった。 「おい、あかね・・・いるんだろ?入っていいかい?」 早雲が何度ノックしても、呼び掛けても反応はなかった。 「あかね、相当傷付いてるんじゃない?」 なびきの一言で、早雲は余計に緊張した。 しばらく何もせず、考えていたようだが、決意したかのようにノブに手をかけた。 「あかね・・・入るぞ?」 早雲は思いきって部屋に入った。 あかねは帽子をかぶったまま、ベッドの上で座っていた。 早雲はベッドに腰掛けると、あかねに語りかけた。 「あかね・・・今すごく傷付いている気持ちはよくわかる・・・だけど、落ち着いて聞いてくれ。」 あかねは返事をしなかった。 「乱馬君に何をされたかはわからないけど、ちゃんと乱馬君には責任をとって貰う事にした。 その事なんだけど、是非あかねに了解をとっておきたいんだ。」 あかねは全く動じていなかった。 「・・・乱馬君には責任を取って、あかねと今すぐ祝言をあげてもらいたいんだけど・・・いいよね?」 早雲が聞いた途端、あかねの頭上にあった帽子が吹っ飛んだ。 「ちょっとお父さん、変な事言わないでよ!なんで私があんなやつと祝言あげなきゃならないのよ。」 「あ、あかね・・・その頭は一体・・・?」 あかねははっとして、木を逆成長させたが、手遅れである。 「これは・・・もしかして乱馬君に生えていた、あの木なのか?」 「だとしたら・・・あかね、乱馬君に気があるのは明白ね。・・・見なくてもわかってたけど。」 「な、なびきおねーちゃん!別に私は乱馬の事なんて・・・」 言葉とは正反対に木はぐんぐんと成長していた。 「あかね、根は正直なんだから、無理しなくてもいいのよ。」 「そんな事を言っても、勝手に大きさ変わるんだからしょうがないでしょ!?」 「なるほど・・・乱馬君はあかねにそんないたずらをしていたのか・・・」 早雲はもっともらしくうなずいていた。 「ち、違うわよ・・・乱馬が来る前にこうなってたんだから・・・」 「でも、この前は乱馬君がそうなってたんだから、種を乱馬君に植え付けられてしまったとしても不思議ではあるまい。」 「それは、そうだけど・・・」 「じゃあ、どっちにしろ乱馬君が原因なのは確かだな。じゃっ、祝言してもいいよね?」 「ちょっと、どうしてそうなるのよ!」 「あかね・・・こんな姿では誰も嫁として受け入れてくれないぞ?だったら、乱馬君に責任をとってもらうべきだろう。」 「だからって、まだ高校も卒業していないのに祝言だなんて、お断りよ!」 「わかった・・・じゃあ、高校の卒業式が終わったら祝言しよう。それでいいかい?」 「そういう問題じゃないってば・・・」 しばらく二人は似たような話を延々と続けていた。 結局、乱馬は自力で脱出したのだが、今度は説得を終えた早雲に捕まってしまった。 「乱馬君、どうやら今すぐ祝言は無理のようだ・・・そこで、他の方法で責任を取ってもらいたい。 あかねにいつ植え付けたかわからないが、あの木を取ってくれ。そうすれば祝言の期間を伸ばしてもいいぞ。」 「・・・祝言自体は取り消すつもりねーのかよ・・・」 「乱馬君、今すぐ祝言するかい?」 「・・・木を取り除いてきます・・・」 乱馬は渋々とあかねの部屋に向かった。 「あかね、入るぞ。」 乱馬はあかねの部屋に入った。 あかねは少しうつむいていた。 乱馬があかねの隣に座ると、あかねは少し遠ざかった。 乱馬は少し気になったが、自分を落ち着かせる為に一回深呼吸をすると、あかねに話し掛けた。 「あかね・・・この間俺がやったようにしてくれ。そうすればその厄介な木はなくなるはずだ。」 「乱馬みたいに、私は演技はできないのよ。乱馬にするくらいなら、他の人を選ぶわよ。」 「・・・九能先輩がいいのか?」 「・・・・・・乱馬よりはましよ。」 「木が嫌がってるぞ。」 「えっ?」 「俺は散々苦労したんだぜ?木の動きの一つ一つ、どんな感情で変化しているのかわかるんでぇ。 喜怒哀楽、気分が悪い時とか、緊張している時とか・・・微妙だけど差が出るんだよ。」 「そうなの・・・?」 「ああ、実際に木が生えてた俺くらいしかわからねーだろうけどよ。」 「そうなんだ・・・」 あかねは自分の気持ちが乱馬に見えていると考えると、迂闊にどう考えたらいいのか迷い始めた。 「・・・なぁ、木が枝組んで考え込んでるぞ。」 あかねは考えるのをやめた。 「もう!茶化してないで早く取ってよ。」 「だからよ・・・そりゃおめーの気持ち次第なんだってば。」 「私の・・・気持ち次第・・・」 木が心無しか成長したように見えた。 「いいから、正直に自分の気持ちを言ってみろよ。それだけでいいんだからさ。 余計な事は一切考えるな。思いきって、勢いでばーっと言っちまえばそれで終わるんだからよ。」 「それって・・・乱馬が実際そうだったから?」 「・・・そんな事はどうでもいいんでぇっ!早く言えばいいんだよ。」 「うん・・・」 あかねは目を閉じた。すると、木はどんどん大きくなっていった。 しかし、迷いがあるのか、木の大きさは不安定だった。 「あかね・・・自分を信じるんだ。いいから、思った事を遮らずに言ってみろ。」 あかねはうなずくと、口を開いた。 「私は・・・・・・・・・」 途端に木は大きく育ち、その枝はまるで羽のようであった。 不自然な姿のはずなのに、どこか神々しさすら感じていた。 そして、あかねの思いの全ては口ではなく、目で全てを語っていた。 花が咲き、部屋はまるで別空間のような感覚を二人は感じていた。 その空間では、二人に何も心の壁が見えず、全てが伝えられ、一つとなっていた。 「乱馬・・・これが、私の思い・・・」 「ああ、わかる・・・本当の思いがよ。」 その時、乱馬にはあかねが天使のように見えていた。 ふと、二人が正気に戻ると同時に、あかねの頭から木は姿を消していた。 「消えたな・・・」 「何だったのかな・・・さっき、なんだか不思議な感じがしていたような気が・・・」 「まぁ、木はなくなったんだし、いいじゃねえか。」 「そうね・・・」 そして、あかねが辺りを見渡すと、一つの実が落ちていた。 「こんな厄介なもんは、とっとと捨てちまえ!」 乱馬は、実を投げ捨てた。 「ちょっと、他の人がとったらどうするのよ。結局また被害が出るだけじゃない!」 「まっ、大丈夫だろ。カラスが食うかもしれねえしよ。」 「そうよね・・・いくらなんでも、そうそう落ちている実を拾うなんて人は・・・」 「これで一件落着・・・もうこりごりだしな、こんな事・・・」 「たまにはいいと思うけどな・・・」 あかねの一言に、乱馬は耳を疑った。 「そうか?」 「もう、冗談よ!」 乱馬はその一言と笑顔の上に、見えない木の芽が否定しているような気がした。 一方。 飛んでいった実はたまたま歩いていた着物姿の少女にぶつかった。 「あら?今何か当たった気がしたのですけど・・・気のせいかしら。」 その少女は頭に手をやっていたが、なにもないと分かると、首をかしげながらまた歩き出した。 そしてまた、被害は増えたのであった。 終わり。