通り雨
 

 さっきまで爽やかに晴れていた空に、いつの間にか灰色の雲が流れ出し、そして・・・

ポツポツ・・・

「ちっ、降ってきやがった」

 俺はあわてず騒がず番傘を開く。こんなところで変身したらたまらない。取って食われる心配だってあるのだ。
 ずっしりと重い番傘。俺の果てしない旅の無二の友。旅をやめても手放せないだろうな。変身体質が治らない限り。いや、治っても。

「早く天道道場に行かないと、土産の賞味期限が切れてしまう・・・ここはどこだ?」

 今度のお土産は沖縄名産のバター飴とミルクチョコ、チーズケーキにクッキーと甘いものづくしだ。あかねさん、喜んでくれるだろうか・・・あかりちゃんには手紙と一緒に発送した。考えてみれば、俺はあかりちゃんの家には行ったことがない。一度行こうとしたのだが、豚相撲部屋ではなく、普通の相撲部屋に行き着いてしまった。手紙はちゃんと着くのに・・・郵便屋さんは偉大だ。

 何となくどこかで見たような街角。目の前の学校らしき建物は・・・ひょっとして風林館高校?なんだ、もう天道道場の近くまで来ていたんだ。・・・いや、安心するのはまだ早い。ここからまだまだ先は長い。気合を入れて行かねば。
 それから幾つも通りを渡り、数えきれないほど角を曲がり・・・何だか学生の姿が増えてきた。下校時間か・・・

「ん?あれは・・・」

 四車線の大きな通りの向こう側に歩く人影・・・あかねさんと乱馬じゃないか!おまけに・・・あ、相合傘なんてしやがって!!

 どう見ても女物のパールホワイトの傘を持って、ぶすっとした顔の乱馬。こいつはいつもこーだ。つまらない意地ばっか張りやがって、あかねさんの気持ちなんかちっともわかっちゃいない。あかねさん、何でこんなやつを・・・俺は、俺はどうしても納得がいかない。だからいまだにPちゃんとしてあかねさんのそばにい続け、乱馬に勝負を挑み・・・まだきっちり勝ってはいないけど。自分でも滑稽だってわかっている。でも・・・

 反対車線を走ってきたマナーの悪い車が、水たまりを跳ね上げる。咄嗟にあかねさんを抱えて、乱馬は飛び退いて水を避ける。いや、かばったといった方があたっているかもしれない。あの野郎、いい格好しやがって・・・
 水はねは避けたものの、傘がずれたため、乱馬は変身していた。やれやれといった感じの乱馬に、あかねさんは鞄からタオルらしき物を取り出して渡す。一瞬ポカンとした顔をしたが、大人しく受け取って乱馬は顔や髪を拭きはじめた。果報者め・・・でもあかねさん、嬉しそうに微笑んでいる・・・乱馬のやつもさっきまでのむくれ顔はどこへやら、まんざらでもなさそうな様子。

 やってられるか、くそっ

 踵を返して俺はその場を立ち去ろうとした。ちょうど角の路地に入った途端・・・

ばしゃっ

 通り過ぎた車が水を撥ね飛ばし・・・不意をつかれた俺は変身していた。俺は・・・とことん不幸な男だ。ただでさえ、不幸な気分だったっていうのに・・・雨は容赦なく俺に降りかかる。

 もうどーにでもなれってんだ!

 半ばやけになってぶぶぶっと体を振って水を跳ね飛ばした時・・・

「きゃ・・・あら、良牙さま、良牙さまでは・・・」
「ぷぎ?」

 ミントグリーンの傘を差した女の子の姿が目に入る。優しい手が俺を抱き上げる。それは紛れもなくあかりちゃん。とても嬉しそうな笑顔。びしょ濡れの俺をそっと胸に抱きしめる。

「良牙さま、お会い出来て・・・お手紙とお土産、とても嬉しかったですけど、でも・・・お会いしたかった。」

 雨とは違う暖かい水滴が俺の顔にかかる。あかりちゃん・・・泣いている。・・・俺、俺・・・ゴメン、あかりちゃん、放っといたつもりはなかったんだ。・・・いや同じことだ、手紙だけで会いにいってあげなかったのは変わりない。
 あかりちゃんはミニタオルを出して俺を拭いてくれた。優しくて本当によく気が付く。俺も・・・果報者かも。

「まあ、良牙さまの荷物が・・・たいへん、雨に打たれてしまって・・・」

 あかりちゃんは周りをちょっと見回すと、雨宿りできそうな閉まった店先に俺をそっと下ろした。そして置きっぱなしの俺の荷物の方に駆けて行った。もしかしなくても俺の荷物を?そんな、あかりちゃんが持ち運べるような重さじゃないのに・・・
 俺は居ても立ってもいられず、雨の中に飛び出した。せっかく拭いてもらったんだけど、ぼーっと待ってなんかいられない。

「うーん・・・」

 やっぱり・・・あかりちゃんの力ではとても持ち上がらない。いいよ、俺、慣れっこだから・・・今に始まったことでもないし。あかりちゃんは荷物から手を離す。気持ちだけで充分嬉しかった・・・本当だよ。

「ぷぎゅ?」

 いきなりあかりちゃんは傘を閉じ、側の壁に立てかける。雨に打たれてあかりちゃんはあっという間にびしょ濡れ。そして俺の小さいとも軽いともとてもいえない荷物のベルトに腕を通し、背負い上げようとする。あかりちゃん、無理だよ!

「うんん・・・」

 懸命な顔。辛うじて・・・本当に辛うじてあかりちゃんは立ち上がる。今にも荷物に押しつぶされそうで見てられない。そのままさっきの雨宿り場所まで歩き出す。大した距離ではないけれど、よろよろしてなかなか前に進めない。・・・あっ!!

ばしゃっ
「きゃっ」「ぷぎぃ〜〜!!」

 バランスを崩したあかりちゃん。膝をついて転倒は免れる。もういい、本当にもういいんだ、あかりちゃん!俺はあかりちゃんの前に走り寄ってぷぎぷぎ叫ぶ。こんな姿じゃなければ・・・情けないけど、俺には何もしてあげられない。

「大丈夫です、良牙さま・・・」

 苦しそうな顔に無理して笑顔を浮かべ、あかりちゃんは何とか立ち上がる。一歩一歩足を踏み出し、やっと雨宿りの場所にたどり着き、荷物を下ろす。もう息が完全に上がって、立っているのも苦しそう。

「ぷぎゅう・・・」
「・・・私も、結構力持ち、でしょう?」

 あかりちゃんはそう言って微笑む。眩しいくらいの笑顔。俺は感動のあまり、胸がはちきれそう。

「・・・あら、良牙さまの傘が・・・」

 え゛・・・あ、あかりちゃん、どうしてそこまで気が付くんだ!あの傘は全面鉛張りの鋼鉄製なんだぞ・・・とてもあかりちゃんには持たせられない・・・い、いいって、あ、あかりちゃん、待って!

 再びあかりちゃんは雨の中に歩き出す。俺もあわててついていく。放り出してある番傘を閉じ、あかりちゃんは両手で何とか抱え上げようとしている。これは、いっちゃなんだが、さっきの荷物よりも重い。何とか片方の端を持ち上げるが、それが限界。俺は地面についているもう片方の端に鼻先を突っ込み、背中へと押し上げる。重たい。でも変身しているとはいえ、これしきで音を上げられるか!
 かくしてあかりちゃんと俺は二人三脚のようにして、番傘を運んだ。途中で何度も俺の背中からずり落ちたりして、えらく時間も手間もかかってしまったけど、あかりちゃんは泣き言一つ言わなかった。

「はあ、はあ・・・」

 番傘を下ろすと、あかりちゃんは今度こそ座り込んでしまった。全身ずぶ濡れ。もう雨宿りの意味もなくなりかけてしまったけど、でもでも・・・

「ぷぎぃ・・・」
「・・・良牙さま」

 俺はあかりちゃんの胸に飛び込む。俺は、俺は不幸なんかじゃない。俺のためにこんなに頑張ってくれる素晴らしい人がいる。あかりちゃん、ありがとう・・・こんな俺のために・・・
 

 そのまま、どのくらい時間が経っただろう。ずぶ濡れの体を寄せ合うようにして雨宿りした俺たちには、長いようであっという間のような・・・気が付けば雨雲が切れ、間から輝く光の柱が何本も差し込んでいる。

「雨、あがりましたね。」

 俺を胸に抱いたまま、あかりちゃんはさっきまで雨の降っていた道へと歩み出る。丁度差し込んできた光があかりちゃんを照らし出す。濡れた髪がきらきらと輝いて、本当に天使のよう。あかりちゃんの肩越しに虹がかかっているのが見える。天使は天使でも虹の翼を持つ天使・・・

 気まぐれな通り雨がもたらしたもの・・・それはちょっぴりの不幸と、健気で優しい、幸運の天使の最高の微笑み。
 

五月某日。街角にて。

 FC専属記録係  ”いなばRANA”
 

 記録係よりコメント・・「本当は梅雨時ネタだったのですが・・・(違)」
 

さっそく第2弾を送って頂きました(笑)
すごく雰囲気が出て素晴らしいですね(笑)
わたしにはここまで書けません(汗) (ぉ)
感想は是非本人に送ってあげましょう(笑)

ちなみに背景はK.KOJIさまのを使わせて頂きました(笑)
なお、一応会長さま直筆のがあとで届くそうなので
そちらがくるまでこれにしておきます・・・
どうも雰囲気が出てないんですけどね・・・